事件は、今日にいたるまで警察当局と犯罪学者とに幾多の研究資料を呈与《ていよ》しているいわゆる「迷宮入り」である。したがって普通の探偵物もしくは犯罪実話のごとく、「いかにして犯人が逮捕されたか」にその興味の重心を置くものではなく、逆に、「どうして逮捕されなかったか」がその物語の中点なのだ。
 前回にもたびたび詳言《しょうげん》したように、比較的小範囲の地域に、古来チイム・ワークにかけては無比の称ある|ロンドン警視庁《スカットランド・ヤアド》が、その刑事探偵の一騎当千《いっきとうせん》をすぐって、密林のように張りわたした警戒網である。それを随時随所に突破して、この幻怪な犯罪は当局を愚弄《ぐろう》するように連続的に行なわれるのだ。しかも犯人は、不敵にも堂々と宣戦|布告《ふこく》的な態度を持続している。おまけに、続出する被害者の身分まで厳正に一定され、いままた、こうして犯人の顔を実見《じっけん》した者さえ出てきたにかかわらず、ついに捕縛《ほばく》の日を見ることなくして終ったのだ。警視庁の手配が万善《ばんぜん》を期したものであったことはいうまでもない。事実、当時のロンドン警視庁は、かの大ブラウン
前へ 次へ
全59ページ中32ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
牧 逸馬 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング