、後日|逐《ちく》一申し立てている。
 年齢三十歳前後、身長約五フィート七インチ、肩幅広く、身件全体が四角い感じを与える。浅黒い皮膚。綺麗《きれい》に鬚《ひげ》を剃って、敏捷《びんしょう》な顔つきをしていた。長い黒の外套《がいとう》に、焦茶色《こげちゃいろ》フェルト帽、きびきびした早口だった。
 そのきびきび[#「きびきび」に傍点]した横柄《おうへい》な早口で、エリザベスの同伴者は、窓のむこうから言った。
「おい。そこの葡萄《ぶどう》を半ポンドくれ。三ペンスだな。」
 物価の安かったころである。

        3

 半ポンドの葡萄《ぶどう》を紙袋に入れて、パッカアが差し出すと、のっぽのリッツ――エリザベス・ストライド――が、受け取った。夫婦か恋人のように、男がエリザベスの腕を取って、二人は付近の社会党|倶楽部《くらぶ》の方角へ歩き去った。この界隈《かいわい》で有名な、そして自分もよく知っている売春婦が、こうしてどこからか見慣れぬ男を引っ張ってきて、これからそこらの露地《ろじ》の暗い隅へでも隠れようとしているのだから、パッカアがいくぶん下品な興味をもってこの二人の背後を見送ったであ
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