ろうことは想像し得る。この辺の下層売春婦の客は、多く隣接工業地帯からの若い労働者か、テムズの諸|船渠《ドック》に停泊中の船員なのだが、パッカアはその男を、そういう部類の筋肉労働者のいずれとも釈《と》らなかった。カマアシャル街《ロウド》あたりの店員か下級事務員どころと踏んだ。彼らがパッカア果物店前のバアナア街をまっすぐに進んで、社会党|倶楽部《くらぶ》――正式には、同党イースト・エンド支部会館の看板をあげていた――の在る一構内に消えてから、二十分たつかたたないうちに、その会館の窓下の中庭で、このエリザベスが惨|屍《し》体となって発見されたのである。酸鼻《さんび》惨虐をきわめた屍体のかたわらに、パッカアが葡萄《ぶどう》を入れて売った紙袋と、葡萄の種と皮とが散乱していた。被害者は葡萄《ぶどう》を食べながら犯人と談笑して、その商取引を終るやいなや、ただちに「斬り裂くジャック」の狂刃の下に、名の示すごとく、両脚の間を腹部まで「斬り裂」かれたものであることが容易に推測される。この屍体も、他のすべてのリッパア事件の被害者と同じく、股間に加えられた加害状態とその暴虐は、文明人の思及《しきゅう》だも許さ
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