いる。
当時――いまでもあるが――バアナア街四四番地に、ささやかな果物屋があった。マシュウ・パッカアという男が細君《さいくん》相手に小さく経営している。狭い土間に果実が山のように積んであるので、店へ客がはいってくると邪魔《じゃま》になる。売る方も買うほうも身動きが取れなくなってしまう。そこで一策を案出して、表の戸を締めきり、それに小窓を開けて、ちょうど停車場か劇場の切符売場のような特別の設備をし、自分は内部におさまって、この窓からそとを覗《のぞ》いている。客には窓をつうじて応対し、品物も窓から出してやろうという一風変わった人物だ。
九月三十日、土曜日の午後十一時半ごろだった。
このパッカアが、もうそろそろ店を閉めようとして仕度《したく》しているところへ、窓のむこうに男女二人|伴《づ》れの客が立った。男は、見たことがなかったが、女は、パッカアもよく知っていた。のっぽのリッツ――エリザベス・ストライド――で、この付近で名うての不良少女だった。
パッカアは妙にこのリッツの同伴者が気になったとみえて、それとも、人物それ自身が印象的な風貌を備えていたのか、じつに詳しくその人相服装を覚えて
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