「秒」に傍点]である。最初の発見者が駈けつけた刹那《せつな》に、ジャックは屍《し》体を離れて、その時は静かに、そこらの暗い一隅に立って人々の驚愕《きょうがく》を見ていたに相違ない。
 私は、個々の犯行を最初に報告して、それによって読者にまず探偵小説的興味を与えるような平凡事はしたくない。止むを得ない場合以外は、ただ忠実に記録を辿《たど》って、はじめに大体の事件をめぐる内外の情況に諸君を完全に親しましておきたいと企図《きと》しているのである。
 猫一匹、犬一匹殺しても、殺した人にはそうとうの血が付着する。いわんやこの犯人は、女を殺害したうえ、ほとんど解剖のごとき行為をその死|屍《し》に施《ほどこ》しているのである。犯行ごとに手足といわず着衣といわず、全身血だるまのように生血を浴びていなければならないことは、第一にだれでも考えるところだ。まず屍体をずたずた[#「ずたずた」に傍点]に斬ったのち、彼はどこへ行って手や兇器《きょうき》を洗うか。いかにしてその血だらけの着衣を始末するか。何人《なんぴと》が彼を庇護《ひご》してそれらの便宜《べんぎ》を提供しているか。そもどんな家にこの殺人鬼は善良な市
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