く》と邪悪のイースト・エンドを訪れるのだ。白い霧に更《ふ》けた街路に、蟻《あり》も逃さぬ非常線が張りつめられ、濡《ぬ》れた舗道を踏んで、人の靴音は秘めやかに鳴った。通行人のうち、男はすべて巡査か密行《みっこう》刑事か新聞記者だった。女は、この界隈《かいわい》につきものの、売笑婦だった。この、街の女たちも、さすがに一人で歩くことを恐れて、商売にはならなくても、三、四人ずつ、雪に遭《あ》った羊のようにかたまって、霧の中から出て霧へ消えた。漂白したような蒼い顔とよろめく跫音《あしおと》だった。彼女らは、街上に会う人ごとに殺人狂ではないかとおびえて、声をあげたりした。
 ふたたび言う。「斬り裂くジャック」は、職業的に、あるいは趣味的に、この売春婦という社会層に属する女だけを選んで、斬り裂くのである。斬り裂く――文字どおり、生殖器から上部へかけて外科的に切開し、引裂《リップ》するのだ。
 この真夜中の怪物の横行にたいして、警察の無能を責める一般公衆の声は極点に達していた。が素人《しろうと》の市民たちが騒ぎだす前に、その筋の活動がとうに白熱化していたことも私は前言した。しかし、それは、犯人逮捕の段
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