といえば、ロンドンでは、いや、英国ではだれでも知っている。およそなんらかの観点で、世界じゅうの血なまぐさい出来事に興味と注意を向けている人なら、かならず聞いたことのある名に相違ないだろう。
依然として全ロンドンを、名物の濃霧にも比すべき恐慌が押し包んでいた。
現場は、前から言うとおり、この厖大《ぼうだい》な都会のなかで、世界の塵埃棄場《ごみすてば》と呼ばれる細民《さいみん》街イースト・エンド、そこへ踏み込もうとするアルドゲイトと、多く、ユダヤ人が住んでいるので有名なホワイトチャペル街との間の、あの、暗い小庭と不潔な露地《ろじ》が網の目のように入りこんでいる陰惨な一劃《いっかく》である。滞英中、筆者はとくに護衛者を雇って、日中と深夜、前後数回にわたってこの辺一帯を探検したことがある。まったくそれは、探検という言葉がなんらの誇張もなく当てはまるほど危険な、ないしは危険を感ずる、都会悪の巣窟《そうくつ》なのだ。社会事業視察、都市経営の研究というようなことで、自身警視庁へ出頭してよく頼めば、その方面に通ずる私服刑事をひとり付けてくれる。が、私はいま、このロンドンのイースト・エンドにおける私
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