パア》のジャック」と呼ばれ、また、自分でもそう名乗っていたこの男は、いったい何者であったか? ある種の女たちになにか特別の遺恨《いこん》を蔵していた殺人狂だったのか。それとも、やはり|ロンドン警視庁《スコットランド・ヤアド》の一部が見込みを立てたとおりに、狂える医師ででもあったか。あるいは一説のごとく、宗教上の妄信《もうしん》をいだく狂言者か。これらはすべて彼の正体、現実の犯罪手段、その動機などに関する世人の臆測《おくそく》を残したまま彼が世間の表面から埋めさった永遠の謎である。ことによると、すでにその一切は、彼とともにいまどこかかの墓穴に眠っているかもしれない。事実、これほど連続的に行なわれ、これほど社会を震撼《しんかん》し、しかもこれほど、事件当時のみならず長く以後にわたって、警視庁《ヤアド》内部はもちろん、あらゆる犯罪学者、あらゆる私設探偵局、あらゆる新聞社の専門的犯罪記者等から、種々雑多の理論、推定が提出されたにかかわらず、実際の犯行に関しては、ただ一筋の光明さえも投げられなかったという不可解きわまる事件は、ちょっとほかに比較を求めがたいのである。「斬裂人《リッパア》ジャック」
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