らず、鋭利な刃物で掬《すく》いとるように陰部を切りとって、陰毛を載《の》せた一片の肉塊が、かたわらの壁の板に落ちていた。そればかりではない。切り開いた陰部から手を挿入《そうにゅう》して臓腑《ぞうふ》を引き出したものとみえて、まるで玩具《おもちゃ》箱をひっくりかえしたように、そこら一面、赤色と紫とその濃淡の諸器官がごっちゃ[#「ごっちゃ」に傍点]に転がっていた、がただ一つ、子宮が紛失していた。
当時、自他ともに「斬り裂《さ》くジャック」と呼んで変幻《へんげん》きわまりなく、全ロンドンを恐怖の底に突き落としていた謎の殺人鬼があった。これが彼の、またもう一つの挑戦的犯行であることは、だれの眼にも一瞥《いちべつ》してわかった。最近、つづけさまに三度、この近隣のイースト・エンドに、これと全然同型の惨殺事件があったあとである。被害者は常に街上の売笑婦、現場はいつも戸外、ちょっとした横町のくらやみか、またはこのハンベリイ[#「ハンベリイ」は底本では「ハンベイリ」と誤植]街のような中庭《コウト》で、夜中とはいえ、往来を通る人の靴音も聞えれば、比較的人眼にもかかりやすい場所で平然と行なわれる。致命傷はきまって咽喉《のど》の一|刷《は》き、つづいて、解剖のような暴虐が屍《し》体の下部に加えられて、判で押したように、かならず子宮がなくなっている。同一人の連続的犯行であることは明白だ。人心は戦《おのの》き、新聞はこの記事で充満し、話題はこれで持ちきり、警察を焦《もどか》しとする素人《しろうと》探偵がそこに飛び出し、その筋は加速度にやっきになっている矢先――いうまでもなく九月八日の夜はもちろん、その以前から、イースト・エンド全体にわたって細緻《さいち》な非常線が張られ、櫛《くし》の歯を梳《す》くような大捜査が行なわれていた。その網の真ん中で、人獣《リッパア》「斬裂人のジャック」は級数的に活躍し、またまたこのハンべリイ街のアニイ・チャプマン殺しによって、もう一つその生血の満足を重ねたのである。およそ出没自在をきわめること、これほど玄妙《げんみょう》なやつは前後に比を見ないといわれている。いわゆる無技巧の技巧、なんら策を弄《ろう》さないために、かえって一つの手がかりすら残さなかった。
個々の犯行を列挙《れっきょ》することは、いたずらに繁雑《はんざつ》を招くばかりだから避ける。ただ、そのなか
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