多かったなかに、度々同じ段に座って又七の意地の悪い高調《たかちょう》に悩まされた覚えのある雷門の杵屋竹二郎は、自分の弟子の地《じ》ではあり、これは困ったことになったとは思ったものの、取替えて貰うわけには行かず第一あれ丈の吹手には代りもなし、仕方のないところから和泉屋を説き伏せて白羽二重一匹に金子《なま》を若干、その日の朝のうちに乗物町へ届けさせたのだった。笛に調子を破られては手も足も出ないので、又七の普段を識っている相下方の連中は、吾も吾もと付届けを運ぶことを忘れなかった。するだけのことを済ませば宜かろうと、竹二郎はおっかな喫驚《びっくり》のうちにも幾分の安心をもって舞台へ上ったのだったが、和泉屋からの贈りはそれで好いとしても、彼自身の名前で何も行っていないことに、竹二郎は気が付かなかったのである。
 これが豊住又七をこじらしたものとみえて、その夜の笛は出からして調子が高かった。付いて行くためには、他の下方は勿論《もちろん》、唄の和泉屋まで急に加減を上げなければならなかった程、それほど約束を無視したものだった。が、それは未だよかった。はらはら[#「はらはら」に傍点]しながら竹二郎が、撥
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