お定《きま》りだ。こうっ、ぶっつり[#「ぶっつり」に傍点]来たろう」
「恐れ入りやす、へっへ、何せ最初《はな》からあの仕末なんで、下方連中は気を腐らすわ、雷門は頭《つむじ》を曲げるわ、和泉屋さんはおろおろ[#「おろおろ」に傍点]するばかり、へっへっへ、仲へ立った私のお開きまでの苦労と言ったら――して、あなた様は何誰《どなた》で?」
「誰でもええやな」
 助五郎は空を仰いで笑った。が、直ぐ、
「家元、大薩摩紛《おおさつままげ》えのあの調子で、一体何処が引っ切れたのか、そいつがあっしにゃ合点が行かねえ」
「へっへ、御尤《ごもっと》もで」望月は伴《つ》れの人柄をもう読んだらしく苦しそうに扇子を使いながら、
「へえ、切れやしたの何のって、へっへ、先ずあの」と一つ咳払いをして、「里の初《しょ》あけのほだされやすくたれにひと筆《ふで》雁《かり》のって、そのかりいの[#「かりいの」に傍点]で、へっへ、ぶつりとね、へえ、雷門の糸が――どうも嫌な顔をしましてな」
「それゃそうだろう」
「それからまあ高調子《たかちょうし》でどうやらこうやらずうっと押して行きやしたがな、二上《にあが》りへ変って、やぶうの――う、うぐう――いいす、のとこで又遣りやした。へっへ、それからのべつ[#「のべつ」に傍点]に」
「切れたのけえ」
「へえ」
「笛は?」
「御存じでげしょう」
「乗物町か」
「へえ」
「何故入れた?」
「他にござんせん」
「うん、して和泉屋の咽喉《のど》は?」
「お眼がお高い――へっへ、あれからこっち円潰《まるつぶ》れでさあ、いや、本心」
 それを聞くと助五郎はくるりと踵《きびす》を廻らして、元来た方へすたすた[#「すたすた」に傍点]歩き出した。喫驚《びっくり》して後見送っている望月を振り返りもせずに――。
「こりゃ乗物町の細工が利いたて」
 助五郎は思わず独り言を洩らした。「昔なら十両からは笠の台が飛ぶんだ。へん、あんまり業突張《ごうつくば》りが過ぎらあな」

     五

 和泉屋の晴れの披露目《ひろめ》とあって、槙町《まきちょう》亀屋《かめや》の大浚えには例《いつ》もの通り望月が心配して下方連を集めて来たまでは好かったが、笛を勤めるのが乗物町の名人又七と聞いて、思い掛けない光栄に悦んだのが事情《わけ》知らずのその日の新名取《しんなと》り和泉屋の若旦那。又かと眉を顰《ひそ》めた者も
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