札木合《ジャムカ》 (片手に抱いて)これ、なにもそんなに悲しむことはない。わしは、全種族の潰滅を期しても、お前をきゃつの手に渡そうなどとは思わないのだ。
合爾合《カルカ》姫 はい。そのお言葉で、妾はもう、死んでも思い残りはございません。ついては。――
札木合《ジャムカ》 (突然回顧的に)なあ合爾合《カルカ》、お前がまだ瑣児肝失喇《ソルカンシラ》家の娘で、余も成吉思汗《ジンギスカン》も、名もなき遊牧の若者だったころ、二人でお前の愛を争った。おれが勝ってお前を得たことが、成吉思汗《ジンギスカン》の心にこの針を植え、きゃつを、かかる惨虐無道の悪魔にしてしまったのだ。たとい戦いには敗れ、星月の旗の名誉は失っても、おれにはまだお前があるぞ。ははははは、こ、これ、この合爾合《カルカ》があるぞ。
合爾合《カルカ》姫 そんなにおっしゃって下すって、ほんとうに、もったいのうございます。つきましては、妾の心一つで、この札荅蘭《ジャダラン》族の人たちが助かり、またあなた様もこのお城も、事無きを得ますならば、あなた、妾は決心いたしました。どうぞこの合爾合《カルカ》を成吉思汗《ジンギスカン》の陣営へお遣し下
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