さいませ。
札木合《ジャムカ》 (急き込んで)な、なに? お前は何を言う。この上おれを、札荅蘭《ジャダラン》の札木合《ジャムカ》は、妻の操で一身の安全を買った腰抜け武士だと、後世までの笑い草にしたいのか。軍には敗れたが恋には勝った、それがこの札木合《ジャムカ》の、死際の唯一の慰めだということが、合爾合《カルカ》! お前には解らないのか。
合爾合《カルカ》姫 (必死に)いいえ、ただ妾は、あなた様と、城下の人たちをお助けしたいばっかりに、あの蛇のような執念ぶかい成吉思汗《ジンギスカン》に、この身を――。
札木合《ジャムカ》 いや! 聞きたくない。お前、気でも違ったのか。そんなことを考えるだけで、このおれの胸は張り裂けんばかりだ。お前の身を守るためには、わしの命はおろか、城も惜しくはない。城下の民など、砂漠の鬼と消えるがいい。
合爾合《カルカ》姫 (追い縋って)いえ、あの、わたくしにも考えがございますから、どうぞ、一人で城を出ることをお許し下さいまし。
札木合《ジャムカ》 ええいっ、くどい! お前には、かほどまでに言うおれの心がわからないのか。(参謀へ)最後の一戦だ。みな来い!
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