かけて啜り泣いた。若いヘドウィッグ・サミュエルスンと格闘の際、サミイに左手を撃たれたと言って怪我をしているのだ。
 警察へ着いてから、微温湯《ぬるまゆ》の中に腕を漬さなければ、その、シイツを裂いて無器用に巻いた繃帯は、血で固まっていて取れない程、出血が甚だしかった。弾丸は深く肉に食い込んでいて、ジュッド医師も簡単に摘出し得なかった。もうこの時分は、ルウスはすっかり逆上していたらしく、警察へ連行された後も、其処を警察とは知らずに、
「どうぞ警察へだけは、出さないで下さい!」
 と、泣き続けていた。
「然し、何れは、法の裁きを受けなければならないのですから、自首なすったほうがお為です」
 既に警察に来ているのだとは言わずに、判事と良人が、左右から頼むように説くと、ルウスはやっと頷いた。
 判事がそっと卓上の鈴を押す。それを合図にテイラア課長、ダヴィッドスン捜査係長、フォニックス地方検事アンドリウス氏などが、一時に扉を排して這入って来て――ルウスも、もうさっきから警察に来ていることを知った。


 緑色の毛の洋服を来たルウスは、特徴のある、大きな眼で、人々を見廻すだけだった。襟と袖に、狐の附いた黒い外套を腕に掛けていた。流行のノウ・ストッキングで形の好い脚を高く組んでいる。帽子は被っていなかった。
 テイラア課長はにこにこして、
「何うなさいました、奥さん。怪我をしていらっしゃいますね」
 ルウスは、答えなかった。
 この時分にはもう、ルウス・ジュッドが逮捕されたというニュウスは、火のように市中に拡まって、部屋の外の廊下は、新聞記者や写真班で暴動のように犇めき合っている。
 傷の手当のために、ジョウジア街の市営病院へ移すことになった。その時、病院の入口で、新聞記者にもルウスを見せ、写真も撮らせる手筈がきまる。ライアン刑事と、ダヴィッドスン警部に左右から挟まれて、ルウスは、裏のエレヴエタアで署の建物を後にした。正面は群集で身動きもならないので、甘《うま》く晦《ま》いたのだ。
 エギザミナア紙の記者、リン・スレエトンは、病院の係に幾らか掴ませでもしたのだろう。医者の着る糊で硬ばった白衣を身に附けて、この、ルウスの傷の手当に立会い、それを読物にして、紙上に連載した。混雑の際だったから、こんなことも出来たのだろうけれど。亜米利加式の活躍である。左手の弾丸は、訳なく取れた。

      6

 手術を終って廊下へ出ると、群っているカメラ・マンの一人が、用ありげに大声に、
「ジュッドの奥さん!」
 ルウスが何気なく、そっちを振り向いた途端、蒼白いフラッシュが閃めいて、写真班は任務を果していた。
「何をするんです! 失礼な!」
 顔色を変えてルウスが叫んだ。
 写真班員は平気で、
「こっちを向いて下さい。ちょっと笑って下さい」
 などと、四方八方からカメラを向けて喚いた。翌日の新聞は、悲しい眼を大きく見開いて、左手を首から釣り繃帯した若い女の写真で、第一面をでかでかに埋めた。写真の上に大きく、
「アリゾナの女虎《タイガレス》、遂に檻へ!」とあった。


 次ぎは、其の深夜に行われた、捜査本部での、テイラア課長の訊問である。
「一体何うしたんです。奥さん。ちょいと人騒がせをやりましたね」
「私は何も申上げることはありません」
「一言お訊きしましょう。手はまだ痛みますか」
「――」
「明日になったら、少しは口を開けて呉れますか」
「そんなことお約束出来ませんわ」
「ルウス・ジュッド! いい加減にするがいい! 本当のことを言うのが恐ろしいんだろう」
「そんなことはありません!」
「まあ、いい。一人でやったことですか」
「さあ、何うですか」
「お前一人の仕事かと訊いているんだ」
「あなたの問いにはお答え致しません」
「死骸をトランクへ詰めるのに、誰か手を貸した者があるだろう――おい! 重かったろう? あの肥っちょのほうの死骸は」
 ルウスは、引き裂くような悲鳴を上げて、両手で顔を覆った。
「ねえ、奥さん、仲好く話し合いましょうや。アリゾナへお帰りになり度くはありませんか」
「え、帰り度いと思いますわ。私、アリゾナが大好きですの」
「私は、こんな腰弁で金も暇もありませんが、これでも旅行が大好きなんですよ。休暇というと旅行に出るんです。それも定ってアリゾナへ行くんですがねえ。一度行ったら病みつきになってしまって、はっはっは、実に好いところだ。沙漠と言ったって、この辺の南部の沙漠とは全然趣きが違っていますね。第一空の色が、こんな羅府などとは比べものになりませんよ。ねえ、奥さん」
「え――一度アリゾナへいらしった方は、皆さんアリゾナがお好きになりますわ。ほんとに好いところですもの」
「殊にフォニックスは、私にとって忘れられない町です。木に囲まれた真珠のような綺
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