麗な、小さな市街で、カウボウイの群れが、肩を揺って歩いている、あの感じは、ちょっと他所《よそ》では見られませんねえ」
「ねえ、課長さん、あたくし――隠れていたことも罪になりますの?」
「飛んでもない! そんな馬鹿なことがあるもんですか。私だって、あなたの立場だったら、何日も逃げ隠れて、警察の奴等に鼻を明かしてやりますよ。参考のためにお訊きするんですが、この四日間何をしていらしった? はははは、じっとして――」
「何も食べずにいましたわ。お金も、泥棒する勇気もありませんでしたから」
「あの五弗は何うしました? 弟さんの上げた」
「この手の傷のお薬を買ったり、初めの二日程の食料や何かに費ってしまいましたの。一度サンタ・モニカへ出掛けて行きましたけれど、義妹の家の前を何度も通ったきりで、とうとう這入れずに、引っ返してまいりました」
「ちょっと好奇心でお訊きするんですがねえ。一体何処にいらしったんです」
「ずっとロスアンゼルスに居りましたわ」
「ロスアンゼルスの何処に?」
「――」
「まさか夜、町に寝て居たわけじゃあありますまい」
「随分恐ろしい思いを致しました。夢中でした」
亜米利加の有名な女殺人犯に、ルウス・スナイダアとジュッド・グレイがある。Ruth Snyder, Judd Gray ――不思議にもルウス・ジュッドは、この二人の名前を一つに集めているのだ。
汚れたハンカチイフで眼を拭きながら、ルウスはこの徹夜の訊問に踏み応えている。涙で顔が洗われて、白粉《おしろい》が剥げたのを気の毒がって、課長の女秘書マデリン・ケリイが、自分のコンパクトを貸したりしているのだ。ルウスは、終始、神経的に震えて、鍵のかかった扉《ドア》の外にノックの音のする度びに、ぎょっとしてそっちを振り向いた。が、アリゾナの気候などを話している時には、可愛らしく微笑して、すっかり普通の時のように見える。その様子が如何にも態《わざ》とらしく、天性の俳優のように思われた。この、滑かな彼女の態度から、記者達はルウスに「天鵞絨《びろうど》の女虎」という新しい綽名を与えて、これが又新聞紙上を賑わしたものだ。
「台所で始まったんです」
突然ルウスが言い出した。告白と見て、テイラア課長は緊張を隠し切れない。そっと秘書に合図をすると、マデリン・ケリイは紙に鉛筆を構えて、速記の支度をするのだ。
「あたしは、殺すつもりなどはなかったんです。サミイがピストルを持って来て、今すぐ此処を出て行け、出ないと撃つと言って、あたしを狙いました。あの晩、サミイのことで、アンと私が口論になった時、サミイがアンの肩をもって、こんな態度に出たのです。あたしは夢中で、片手でサミイの拳銃を握りながら、其処にあった麺麭《パン》切りナイフに手を掛けました。途端にサミイが引き金を引いて、この左の手へ当ったのです――」
テイラア課長は、興味を示すまいとする努力で、不自然な欠伸《あくび》を作りながら、
「ああ、眠くなった。今夜はもう止しましょう。お話しは、明日にでもゆっくり伺いますから――」
起とうとすると、ルウスは眼をきらめかして止めて、
「待って下さい! あたくし、すっかりお話ししてしまわなければ、とても眠られないんです!」
迷惑そうに、テイラア課長は渋しぶ椅子に返る。
「サミイが先に撃ったんですね。で、奥さんは何うなさいました」
「それが、この、左の手に当ったんです。あたしは、もう夢中でした。全身の重みで、サミイを押し倒しますと、アンが大声に叫んで、食堂へ走り込んだと思うと、大きな旧式な拳銃《ピストル》を持って直ぐ飛び込んで来ました。あたしは何時の間にか、サミイのピストルを拾い上げて、手に持っていました。無意識でした。二発撃ったんです」
課長の背後の卓子《テエブル》で、紙に滑る秘書の鉛筆の音が微かに響く。
ルウスは一切気が付かない様子で、
「気がつくと、二人とも床に倒れていました。あたしはとても悲しかったんです。サミイがあたしを撃ったことが、何よりも悲しゅうございました。サミイの死骸を抱き起して、何時まで泣いていたか、覚えていません。死骸を台所にそのままにして、一と先ず家へ帰ったんです。そして、良人に宛てて手紙を書くと、朝までぐっすり眠りました」
自白はこれで、一と先ず終っている。
テイラア課長は微笑して、
「相手が先に引き金を引いたんだから、つまり、正当防衛という訳ですかな。ははははは、仲なか巧いことを言う――まあ、奥さん、それはそれとして、何卒《どうぞ》これに御署名を」
秘書から告白の写しを受取って、その下段の余白を指さしながら、課長はルウスにペンを握らした。
あの日の正午、この羅府の下町で弟の自動車を下りてから、ルウスは群集に紛れて町を歩き廻ったのち、ウールウオウスの
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