しようのないことじゃないですか」
ルウスはにこにこ笑っていて、何とも答えなかった。
共犯はなかった模様だが、あの犯行の翌日、彼女がグルノウ療養院に現れた時、左手に怪我などしていなかったということで、これにはアリゾナから証人が呼ばれたりなど、大問題になったが、結局、痛みを隠して繃帯をしていなかった為めに、誰も気が付かなかったのだろうということだった。トランクは自宅にあったのを、フランク・シュワルツという運送屋に頼んで、兇行の現場まで運ばせ、其処でアンの死骸と、ばらばらに料理したサミイの屍体とを詰め込んで、出発の夕方、自宅東ブリル街一一三〇番地の家主ハルナンに頼んで、停車場まで運んで貰ったのである。サミイの胴の中央部だけはスウツケイスに、入れて、手荷物として自分と一緒に羅府へ持って行ったことは前に言った。フォニックスから羅府までの車中、彼女の世話をした列車ボウイ、グリムも、そのトランクを認めたと言い、また、決して、ボウイにも其の鞄に手を触れさせなかったと、交番で述べた。
ジュッド医師は、妻のために羅府第一の弁護士ポウル・W・シェンクを立てる。
十月二十九日火曜日の夜、九時三十七分に、ルウス・ジュッドは看守マクファデンと女看守ロン・ジョルダン夫人と一緒に、郡刑務所から自動車で、アリゾナ州フォニックスへ向う。この「天鵞絨の女虎」を追って、羅府を始め、加州の新聞社の自動車が数十台となく国道に続いた。ルウスの次ぎの車には、ジュッド医師と、アリゾナの警察官一行が乗り込んで、一同無言だった。それは不思議な、深夜の自動車行列だった。
一九三一年十月三十日、自動車は、州境に差掛って、此処で、州と州との間に、犯人引渡しの形式的な手続がある。
フォニックスの町を自動車を駆って刑務所へ急ぐ間、ルウスは、車の窓から懐しそうに外を見つづけた。その出現に依って、この田舎町が一躍有名になった「われらの女虎」の一瞥を持とうという両側の群集も、ルウスの眼には這入らない様子だった。
裁判は、一九三二年――今年――一月十九日に、フォニックス市法廷で開かれた。若い美しい、兇悪な殺人犯は、蒼白い顔に平静な色を浮かべて、まるで劇場にでも這入るように、法廷へ現れた。サミイが先に撃ったので、止むを得ず自分も発砲したというのは、彼女の弁護の建前で、終始一貫して、此の主張だった。
「この犯罪の真実の動機
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