、その言うことは、前の陳述から一歩も出ず、
「私はあなた方以上に、家内を見つけ出し度いと一生懸命なんです」
と繰り返す許りだった。
バアトン・マッキンネルも、もう気が違ったようになっていて、矢鱈に部屋中を歩き廻るばかりで、何を訊かれても、返事も出来ない程だった。
その夜晩く、ダヴィッドスン警部は、フォニックスの一行を案内し、ジュッド医師を連れて死体収容所を訪れた。ジュッド氏は一と眼見て、二つの屍体を識別した。
「サミイはいつも頬紅と口紅を濃くつけていましたので、ちょっと変って見えますが、これに相違ありません」
羅府とフォニックスと両市の警官が力を合わせて、「アリゾナの女虎狩り」は、今や高潮に達している。
美人で独身のヘドウィッグ[#「ヘドウィッグ」は底本では「ヘッドウィッグ」]・サミュエルスンは、北ダコタ州、ホワイト・アウスの農夫の娘で、一九二五年に州立マイノット女子師範学校を出たのち、同州ランダ市の小学校に奉職し、そこからモンタナ州、ホワイトホウル小学校へ移って二年後にアラスカのジュノウへ転職したのだった。其処で、このアン・ルロイに逢って、こうして凄惨な死を緒にするようになったのである。小柄な、色白の愛嬌のある顔立ちで、友達仲間に評判もよく、自宅に発見された手紙は、凡べてそれを証拠立てていた。言い寄る男なども、少からずあったようで、その中に、或る上院議員からの猛烈なラヴ・レタアのあったことは、ちょっと人々を驚かしたりした。
斯ういう殺人事件の犠牲者は、よく刻明に日記をつけているものだと言われている。こんな事をいうと、日記をつける人がなくなるかも知れないが、サミイもその一人で、実に死の二日前まで、日記が続いているのだ。青い小さな日記帳――最後の日附は十月十五日で、こんなことが書いてある。
「人間は何うしてこう争ってばかりいるのだろう。それが嫌さに、私はこの沙漠の荒地に隠れたのだった」
その年の六月六日の分には、
「修身甲の生徒。私はほんとにそれだ。子供の時分の肉体的影響と遺伝――メンデルの法則通りに私も動くのだ。快楽主義――これだけが人間の最後の目的なのだろうか」
九月二十五日の頁《ペイジ》を見ると、ただ一行、
「今日で丁度、病床生活一年間」
アグネス・アン・ルロイは、オレゴン州テラムウクの生れで、本名は、アグネス・イムラア。同州ポウトランド市、グ
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