航海を軽蔑《けいべつ》して、本国で葡萄《ぶどう》酒のついた口ひげをていねいに掃除しているあいだに各国人を拾い上げたお洒落《しゃれ》な観光団が、トランクの山積が、写真機が、旅行券が、信用状が、せいろんへ、せいろんへ、せいろんへ――だれが言い出したともなく、一九二九年の旅行の流行《モウド》は、この新しく「発見されたせいろんへ」と、ここに一決した形で、いまのところ、せいろんは、すべての粋《シック》な旅行の唯一の目的地になりすましている。が、この島は何も今年出現したわけではなくドラヴィデア王国の古世から実在していたので、その証拠には、エルカラとコラヴァとカスワとイラルから成る多美児《タミル》族が、カランダガラの山腹に、峡谷に、平原に、カラ・オヤの河べりに、白藻苔《セイロン・モス》の潰汁《かいじゅう》で、和蘭更紗《オランダさらさ》の腰巻《サアロン》で、腕輪で、水甕《みずがめ》で、そして先祖の伝説で、部落部落の娘たちをすっかり美装させ、蠱化《こけっと》させ、性熟させて、ようろっぱの旦那《だんな》方が渡海してくるのを、むかあしから、じいっと気ながに待っていた。
 錫蘭《セイロン》島――東洋の真珠――
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