・サミ博士は、はじめ日本人が梵語《ぼんご》であろうと取ったところの、つまり、それほど自家化している、英吉利旦那《イギリスだんな》のことばを、例のうす眠たい東洋的表現とともに、ふわりと、じつにふわあり[#「ふわあり」に傍点]と投げかけた。
「旦那《マスター》、ちょっと、手相を見さしてやって下さい。やすい。安価《やす》いよ――」
と。
5
ヤトラカン・サミ博士は、ひそかに人間の生き方を天体の運行と結びつけていた。
こんなぐあいに。
はるか西の方《かた》バビロンの高山に道路圧固機《ステイム・ロウラー》の余剰蒸気のようなもうもうたる一団の密雲が湧《わ》き起こった。
それが、白髪白髯《はくはつはくぜん》の博識たちがあっ[#「あっ」に傍点]と驚いているうちに、豪雨と、暴風と、鳥獣の賛美と、人民の意思を具現し、日光をあつめ、植物どもの吐息を吸い、鉱石の扇動に乗じて、いつの間にか、絢爛《けんらん》大規模な架空塔の形をそなえるにいたった。これは、何千年か昔のことでもあり、また、毎日の出来事でもあるのだ。
が、この雄壮な無限層塔の頂きには、ばびろにあ[#「ばびろにあ」に傍点]と、アッシリアと、埃及《エジプト》と、羅馬《ローマ》と、そうしてドラヴィデア王国の星たちが美々しく称神の舞踊をおどりつづけ、塔の根もとには向日葵《ひまわり》が日輪《にちりん》へ話しかけ、諸国から遊学に来た大学者のむれが天文の書物を背負い、不可思議な観測の器械を提げて、あとから後からと塔の内部の螺旋《らせん》階段を昇って行った。が、それは、要するに、バビロンの架空塔だった。だから、ついに大異変《キャタストロフ》は来た。はるか西境ばびろんの高山に、道路圧固機《ステイム・ロウラー》の余剰蒸気のようなもうもう[#「もうもう」に傍点]たる一団の密雲が横に倒れた。塔の頂上は大地を叩扉《ノック》して、心霊の眠りを覚ました。何千年か昔のことでもあり、また、昨日、いや、毎日の出来事でもある天文と、観測と、碩学《せきがく》大家どもと、彼らの白髪《しらが》と白髯《しらひげ》は、豪雨と、暴風の、鳥獣の苦悶《くもん》と、人民の失望と、日光の動揺と植物の戦慄《せんりつ》と、鉱石の平伏といっしょに、宇宙へ四散した。神通は連山をまたいで慟哭《どうこく》し「黒い魔術」は帰依《きえ》者を抱いて大鹹湖《だいかんこ》へ投身し
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