らの脚、二つの鼻孔をつないでいる金属の輪、螺環《コイル》の髪、貝殻《かいがら》の耳飾り、閃光《せんこう》する秋波《ながしめ》、頭上に買い物を載せてくる女たち、英吉利旦那《イギリスマスター》のすばらしい自用車、あんぺらを着た乞食《こじき》ども、外国人に舌を出す土人の子、路傍に円座して芭蕉《ばしょう》の葉に盛ったさいごん[#「さいごん」に傍点]米と乾《ドライ》カレーを手づかみで食べている舗装工夫の一団、胸いっぱいに勲章を飾って首に何匹もの蛇《へび》を巻きつけた蛇使いの男、籠《かご》から蛇を出して瀬戸物らっぱで踊らせる馬来《マライ》人、蛇魅師《スネーク・チャーマー》の一行、手に手に土人|団扇《うちわ》をかざした紐育《ニューヨーク》の見物客、微風にうなずくたびに匂う肉桂《にっけい》園、ゆらゆらと陽炎《かげろう》している聖《セント》ジョセフ大学の尖塔《せんとう》、キャフェ・バンダラウェラの白と青のだんだら日よけ、料理場を通して象眼《ぞうがん》のように見える裏の奴隷湖、これらを奇異に吸収しながら、そのキャフェまえの歩道の一卓で生薑《しょうが》水と蠅《はえ》の卵を流しこんでいる日本人の旅行者夫妻、それから、すこし離れて、横眼で日本人を観察しているヤトラカン・サミ博士と、博士の椅子《いす》。

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 とうとう、好奇心の誘惑が、ヤトラカン・サミ博士を負かした。
 この黄色い人種は、いったいどんな口を利くだろう?――こういう興味がさっきから、好学の老博士を、しっかり把握《はあく》していたのだ。博士は、白い旅客に話しかける時のように、こっちからこの日本人に言語を注射して、その反応を見ることによって試験してやろうと決意した。
 日本人は、松葉のように細い、鈍い白眼で、博士と博士の椅子《いす》を凝視していた。それは、何ごとにかけても十分理解力のあることを示している、妙に誇りの高い眼だった。博士はふと[#「ふと」に傍点]、まるで挑戦《チャレンジ》されているような不快さを感じて、急に、その、腰かけている大型椅子の左右の肘掛《アーム》のところで、二本の鉄棒を動かしはじめた。椅子の下で、小さな車が、軋《きし》んで鳴った。ヤトラカン・サミ博士は、歩道の上を、椅子ごとすうっ[#「すうっ」に傍点]と日本人のそばへ流れ寄った。
 ヤトラカン・サミ博士の椅子は、あの、欧州戦争に参加した国々の公
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