はこの教師をうんと言わせさえすれば、万事うまく行くとしているその親たちに、彼の防備は役立ちそうにも見えなかった。しかし、顫えて自分の身体に抱き縋《すが》った元木武夫の腕には、だんだんと必死の力が籠ってきた。ひ弱い子供ながら、この乱暴な親に押し挫《ひし》がれずよくもここまで逃げてきてくれた。杉本はそう思い向きなおった。
「それで本人はどうだと言うんですか?」
「そこがそれ――」と女がすかさず答えた、「先生さまに納得させてもらいさえすれば……」
「あたいは、嫌《や》だぞ!」
 元木武夫のその声が夕風をさっと断ち切った。
 だが、その叫び声と同時に女は髪をふり乱した。「こ、この餓鬼い!」とうめいた、「手、手前はさっき、神様の前で、承知しましたと吐《ぬか》したじゃねえか、継母だと思って舐《な》めやがったなあ……こら、畜生ッ! 武!」ぐらっとひっくりかえりそうになった雲行きに、父親もまた喚きあげ「こん畜生ッ! 親を親とも思わねえのかあ――」その上父親は逆《のぼ》せあがって今は伜にとびかかり暴力をふるおうとした。元木武夫は冷いコンクリの上を逃げた。扁平足《へんぺいそく》のはだしが、吹きっさらしの屋
前へ 次へ
全56ページ中44ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
本庄 陸男 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング