ぐにそれをあきらめて今度は嫌味をならべだした。親が子に向って――と思いながらも彼女は、言わずにいられないのである。
「んじゃあ富次、お前は学校の子になっちゃって二度と帰ってくんな」母親はおろおろしはじめた伜《せがれ》の汚い顔をじっと睨《にら》め「なあ富次、お前の小ぎたねえその面を見た日から、こんな苦労がおっかぶさってきたんだから……よお、帰らなくなりゃあ何ぼせいせいするもんだか!」
そう言われると子供は今までの勇気がたちまち挫《くじ》け、そこにきょとんとつっ立ってしまった。
雨が夜明けからどしゃ降りであることは知っていたが、その時刻が来ると同時に、子供は嫌な仕事をさっさと投げだした。朝っぱらからむり強いされるコルク削りの内職手伝いは、いい加減に子供の心をくさくささせた。そして富次は学校に行きたいと一図に考えるのであった。べつに勉強がしたいなどという殊勝《しゅしょう》な心ではなかった、ただこの陰気くさい長屋よりも、曠々《ひろびろ》とした学校が百層倍も居心地よかったのだ。年じゅう寝ている病気の父親と、コルク削りで死にもの狂いになっている母親の喧嘩には、たまらないと思う漠然とした気持で―
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