け持っていた。尋常四年生にもなって――だからそれは教育上の新施設として低能児学級に編制されたのである。彼らもまたせめては普通児なみの成績に近よらせたいために、それからそれがだめならば可能な限り職業教育を受けさせたいために――それはいい、けれども選りわけられたこの一群は邪魔なもの、不必要なものとして刻印を受けるにすぎないのではないか、あるいは収拾できないものを収拾させようとしてじつは…………………ぶち毀《こわ》そうと目論《もくろ》まれたのではないか――杉本は何とかしてこの子供たちも人並みにしたいと奮闘した、ここ数カ月のむだな努力を痛々しく思いだしてぶるんと頭をふりまわした。
杉本は何も特別に低能教育の抱負や手腕を持っていたわけではなかった。彼にとってその仕事は偶然のようにあたえられた。誰だって楽な仕事の上で自分の成績をあげたいに決っている。だから学年始めが近づくと……………………………こそこそ校長の私宅を訪れた。そんな行動はおくび[#「おくび」に傍点]にも出さず、日が来ると彼らは受持学級ふり当ての発表を聞かされるのであった。この決定に異論を申したてることは許されませんぞ――と、教員の咽喉笛《のどぶえ》をにぎっている校長が高飛車に申し渡し、――というのは――と一言註釈をつける――これは私の権限に属することでありまして私としては日常平素、諸君から受ける種々なる特質と、それぞれの学級の特質とを充分慎重に考慮研究した上の決定であります。――学問をしたい、そうしたならばと一図《いちず》に思い詰めた少年の杉本がいた、官費の師範学校でさえも[#「さえも」に傍点](彼はそのさえも[#「さえも」に傍点]に力を入れて考える)知人の好意に泣き縋《すが》らねばならぬ家庭であった。喘息病《ぜんそくや》みの父親と二人の小さな妹、それらの生活が母親だけにかかっていた。仕事といわれるかどうか知らないが、母親は早朝からのふき豆売り、そして夕方はうどんの玉を商《あきな》った。手拭をかぶった小柄の女が、汚れた手車をひき、鈴をならして露地から露地に消えて行く。――そんな家に大きくなった杉本は、時たまの弁当に有頂天《うちょうてん》のよろこびを語るこの子供が、ひりひりと胸にひびいてきた。今になって杉本は、この低能組の受持に恰好した自分を発見した。すると発育不全の富次が自分の肉体の一部分みたいにいとおしくなり、
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