かき合せ、上眼づかいに教師を見据えた。
「さっさと片づけて早く帰るとしようぜ」と杉本が言った、子供はぶるぶるっと両方の掌で顔を擦り、にたっと笑ってみせた。恥しがっていたのだ――それだのに、なぜこんなに執拗《しつこ》く促しているのだろう――職業がその子の智能を直接的に規定しているという理由からだけなのだ、そしてそれが検査要目の最初の項にあげられた設問だからである。杉本は狼狽《ろうばい》してそれをひっこめようとした。
「言いたくないんだったら……」
 川上忠一はうるさげにそれを途中で遮《さ》えぎると、たたきつけるようにがなった。
「船だよ!」
「船? 船とはどんな船だい?」
「ちえっ――わかんねえな」そう舌打ちして子供は度胸を据えるのであった。さあこうなったら何でも喋《しゃべ》ってやるという風に、教師の顔を正面に見て語気をあらくした。「船は船じゃねえか! 大河をあっちい行ったり芝浦い行ったりする船じゃねえか。あたいがぎーっと舵《かじ》をおしてんだ、あたいだって――」川上はそこでうすい唇をつきだし早口になっていた。「まちがわねえでくれ、泥船じゃねえんだからな、ちゃんとした荷船でよ、あげ羽丸[#「あげ羽丸」に傍点]てえんだ。でも、何だってそんな巡査みてえなことばかし聞くんだい?」杉本は蒼ざめて吸いかけているバットを揉み消した。「あたいらは正直もんだよ」と川上はさらにつづけた。「うそ[#「うそ」に傍点]なんてこれっぽっちも言いやしねえよ、さ、早くかえしてくんな」
「儲《もう》かるかい!」杉本はそう言って話題を外《そ》らそうとした。
「儲かるもんか!」川上忠一は眉根をしかめてそれを即座に否定した。「発動機に押されっちゃって、からっきし仕事がまわってこねえんだよ、遊んでる日がうんとあらあ、遊んでてもしかたがねえんだけんど、何しろ仕事がねえんだからなあ、父《ちゃん》だって辛《つら》いし、あたいだって――」そう雄弁になってぶちまけだした子供の言葉を、杉本はじいっと聞いていることができなくなった。彼は埃《ほこり》と床油の臭気が立て籠めていることに思いあたり廻転窓の綱をがちゃりと曳《ひ》いた。夕映えの反射がそこで折れて塗板の上をあかるくした。「先生えあたいなんかはなあ、まち[#「まち」に傍点]の子供みたいにあそんじゃいられねえよ、おっ母《かあ》の畜生が逃げっちゃったんだ、そうよ、船は儲か
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