としても今夜は来てくれ――」村瀬は耳許で囁いて、あわてて別れた。清二は濡れた足に下駄をつっかけた。暗がりの戸口に立ちはだかっていた父親が、嗄れ声を低めて押しつけるように云った。
「……今し方、警察が来ただぞ。去年のような目に会っちゃあ、堪らねえからなァ――」
彼は何とも答えなかった。
「メーデーも俺ァ不賛成じゃねえ。しかしだぞ、清二……何もお前が先に立ってやらなくともお前――」
そのあとは愚痴になってしまうのだ。
「兵隊に取られて、戦地にやられた思いすれば……俺だって来春はお父っつあ――」
「それと、これとは違う――だ。何も警察は恐っかなかねえけんどな。」
「……だら、警察を恨[#「恨」に「×」の傍記]めよ。」
飯台に向うと父親はけろっとしていた。去年のメーデーは監督官庁と警察に大デモをやってのけた。親爺も伜も凄い勢いだったが、そのあと一週間も立たない蒔付けの忙し盛りを野良から検挙された。ひどい凶作はこの検挙で手不足し更にひどくなった。百姓は百姓をしてれば――と恐慌と戦争の一年が組合を押しつけ、切りくずして来た。父親は箸をおいて清二に頼むのだ。
「――お前一人がたのみだからなァ―
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