手次第としてあつた。今に残つてゐるその頃の美人画を見るに、折角美くしい顔面に五つも六つも「ムーシユ」を貼り附けたのがあるが、今から見ると、ただただ奇異なと云ふ感じを起させる位のものであるが、併し流行と云ふものは不思議な力を持つてゐるもので、それが流行《はやり》だと云ふことになると、どんなに不思議な、妙な、変てこ[#「変てこ」に傍点]な衣裳でも、髪の形でも、お化粧の仕方でも、その当時の人にはそれが美くしく見えたのである。フランス大革命時代に流行した「アンクロワイヤーブル」(その名からして『本当とは思はれぬ』と云ふ意味だ。)の服装などは、最も好い一例だと思はれる。
概して、西洋の婦人方が流行を追ふことに浮身を窶す有様は、我々東洋人から見ると狂気の沙汰ではないかと思はれる程猛烈なものである。フランスのある学者が『若し倒立《さかだち》して歩《ある》くことが「流行《モード》」となつたとしたら、欧羅巴の婦人は些の躊躇もなく、みなそれを真似るだらう』と言うたことがあるが、これは多少皮肉ではあるが、西洋婦人の流行を追ふ心理状態を巧みに言ひ現はした言葉だと思はれる。「ムーシユ」もこの流行心理の作用で、
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