》の為めに顔全体に生々した清鮮さを与へ、その嬌笑に霊波を漲らせ、その愛嬌に一種の情熱を加へるかの如く、約言すれば西洋人の顔貌には、黒子はその美を助けるものとなるのである。これが即ち西洋では黒子が大切にせられ、東洋では厄介視せられる所以なのである。
 その外にまた、東洋と西洋とでは、美人に関する見方の違ふことも、亦この問題に大なる関係があるやうに思はれる。東洋の美人に関する形容詞を見るに、端正、静粛、挙止幽間などと、専ら「静淑」を婦人の一美徳とし、同時に婦人美の一つの資格としてある。随つてその外部に現はれる形としては、よく前後左右の釣り合、即ちシンメトリーが取れて正整して居らねばならぬのである。ちやうど希臘の古彫像のやうに。正整静淑が美人の容貌の様式なのである。だから嬌艶も、婀娜も、又は内部の熱情も、心の内に静かに籠めてゐて、是を外部に現はさない所謂喜怒哀楽を色に現はさないのである。随つて自から表情のない顔面なのである。まんざらないでは無いにしても、どうも表情が薄いのである。
 然るに西洋では、是に反して、表情を主とし、表情が欠けてゐては美人でないとしてあるのである。だから西洋の美人の形容詞には、東西共通の、沈魚落雁、閉月羞花とか、花顔柳腰明眸皓歯とかといふ美人に共通の資格の外に、「動」といふものが美人の美人たる資格の内に含まれてゐるのである。此処が大いに東洋とは異なる点である。例へば近代美人を論ずるものの例としていつも引合に出される路易《ルイ》十五世の嬖幸マダーム・ポンパドールの美人振を描写したものなどに就いて見ても、その一端が窺はれる。今ゴンクウル兄弟が書いた同夫人の伝記などは西洋流美人の見方に就てのよい一例となるだらうと思はれるから、左に抄録してみよう。ゴンクウルは先づ、ポンパドール夫人の顔の色艶《いろつや》のいいことや、その唇や、目や、髪毛や、頬や、笑靨や、その肢体やの何一つとして※[#「豊+盍」、第4水準2−88−94]美ならざるはなく、男の心を惹き付けぬものはないと賞めちぎつた後で、さて是に附加へてポンパドール夫人が美人中の美人である所以は、何よりもその表情の早き動き[#「動き」に白丸傍点]であると断定し、そしてその表情の変化と同時に、その顔面の賑やかさは、実に言語に絶する程で、約言すれば彼女の霊魂《たましひ》の絶え間なき動き[#「動き」に白丸傍点]を、その艶麗と嬌媚との間に自然に現はすのであるから、男の心を動かし、唆《そそ》り、挑発し、是を魅惑するにはこれ以上力の強いものはないといつてゐるのである。
 此の如く心の動きを表情[#「心の動きを表情」に白丸傍点]を美の一大資格としてある西洋に於て、黒子《ほくろ》が美となるのは自然の勢である。何故かといへば、黒子は表情を助けて是を強調せしむるに大いに役立つからである。例へば静かに平らかに鏡のやうに澄み切つた水面の上に投げられた一箇の石のやうなもので、その水面を動かして変化を生じ※[#「さんずい+艶」、第4水準2−79−53]々たる波動を起して所謂画龍の点睛となるからである。
 黒子が西洋に於て尊重されるのは、彼等が「動」を愛する心理作用から来るのである。然るに東洋の美は「静」の内に存するので、随つて正整がその必要条件となるのである。「動」は正整を乱すから、正整を主とした美には「動」を排斥するのである。これ即ち黒子が西洋で貴《たつと》ばれ、東洋では嫌はれる原因の一かと思はれる。
 随つて、西洋には美人の黒子に関した文献もあれば、絵画も随分多くある。これに関する逸話なども少くはないが、わざとここには省くことにする。が一例を挙ぐれば先頃ポオル・モオランが書いた小説「三人女」の中のクラリスに就いて、

  ……彼女は黒子をつくりかへる。
    ……………………
  ……彼女は黒子棒を拭く……

などとある。これは「ムーシユ」を貼り著けるのではなくて、黒子を顔面にすぐに描く今|流行《はや》る簡便式なのである。
 ところが東洋には黒子のある美人の絵などはあらう筈もなく、婦人の黒子に関する文献なども、あるにはあるが、矢張り黒子を邪魔物扱ひにした記録なのである。西鶴の「好色一代女」の巻の一の「国主の艶妾」の一節で、それは国主の為めに艶妾を求める一老人が、「大かたこれにあはせて抱えたきとの品好み」の人相書の中に、「……当世顔はすこしく丸く、色は薄花桜にして、目は細きを好まず鼻の間せはしからず、口小さく、歯なみあらあらとして白く……、姿に位そなはりて心立おとなしく……、身に黒子ひとつもなきをのぞみとあらば[#「身に黒子ひとつもなきをのぞみとあらば」に白丸傍点]……」と云うてある。
 だから、日本では全身に一つの黒子《ほくろ》さへないのが理想的美人の典型としてあつて、西洋とは正反対である。

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