東西ほくろ考
堀口九萬一

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)異《かは》つた

|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)大分|衰《すた》つた

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号)
(例)※[#「豊+盍」、第4水準2−88−94]美

〔〕:アクセント分解された欧文をかこむ
(例)グレン・ド・ボーテ(〔grain de beaute'〕)
アクセント分解についての詳細は下記URLを参照してください
http://aozora.gr.jp/accent_separation.html
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 東洋と西洋とは、その風俗習慣に就て、いろいろ異《かは》つた点が多い中で、特に黒子に関する観方ほど異《かは》つてゐるものはなからうと思はれる。日本では女の顔の黒子《ほくろ》などは美貌の瑕瑾《きず》として現に年頃の娘さんなどはそれを苦にしてわざわざ医師に頼んで抜いて貰ふものさへある位である。
 然るに、処かはれば品かはるとは言ひながら、西洋では、黒子を美貌の道具立ての一つに数へて尊重してゐるのである。
 第一その名称からして全く異《かは》つてゐる。日本でのほくろ[#「ほくろ」に傍点]は、漢字の黒子、黶子、又は痣に当るのである。而して痣にはほくろ[#「ほくろ」に傍点]の外に又あざと云ふ訓が付いてゐるので、あざ[#「あざ」に傍点]の小さいのが黒子である、ほくろ[#「ほくろ」に傍点]であるのだ。今大槻文彦さんの言海を見るに下のやうな註釈がついてゐる。
「ほくろ」黒子、黶子(愚管抄には「ははくろ」とあり、「ははくそ」の転。その再転化なり。)古くは「ハハクソ」今又「ホクソ」人の皮膚に生じて小さく黒く点を為せるもの」[#「」」に「ママ」の注記]としてある。そのやうに「ははくそ」「ホクソ」であつて、つまり「くそ」なのである。
 処がほくろ[#「ほくろ」に傍点]は西洋では「くそ」どころではない。大切なものである。その名からして艶麗である。西洋では「ほくろ」のことをグレン・ド・ボーテ(〔grain de beaute'〕)と云ふ。翻訳すれば、「美の豆粒」と云ふのである。嗚呼何と美しい名ではないか、「美の豆粒」とは! 
 だから西洋では日本のやうにそれを抜き取るどころではなく、否却て是を大
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