のだ。この詩人の好きな勉強時間は、朝なのか、夜なのか? 規則的であるか? 気の向き次第であるか? ゾラのやうに、前以て計画を立ててから、仕事に掛るのか、興味の湧いて来るのを待つてゐて、書くのかが知りたかつたのだ。
すると先生の話はかうである。
「私の様な気まぐれ者はその時その時の出来心で働くのです。ともすれば私は一週間何にもする事が嫌《いや》で嫌でたまらない日があるのです……こんな田舎の閑静な処では、自分の思ふ様に続けて仕事をする事も出来ますが、巴里なぞでは、不意な事が突発するので、いや晩餐でござるの、夜会でござるのと、とても思ふやうには働けはしません。」
「先生はよくマッチルド公爵夫人の晩餐にお出になるやうですね。」
「公爵夫人のお邸の事に就いては色々な面白い事がありますよ。実の所をお話しすると、私が初めて燕尾服を作つたのも公爵邸へ招待された時なのです。大急ぎでね。あの頃はまだ私も若かつた! 私の作の「パッサン」がオデオンで初演の時、たしか千八百六十九年の春でした。公爵夫人がセングラチヤンの御別荘へ私をお招きになつたのですよ。私はおどおどしながら、御門の呼鈴を鳴らしたものです。門が
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