店員などが愛人と手を携へて散歩したり、学生などが短艇を漕いだり、その路傍には香の高い花が植ゑてあつたり、遠くには高い塔が見えたりなどして、宛然芝居の書き割のやうな巴里の近郊――とは全く趣を異にした処である。マンドルは百姓家が散らばつてゐて、馬糞肥料が積んであつて、群鶏が土をほじくつてゐる本当の田舎村である。而して村はづれの旅宿の看板には今尚、古式に則つて柊の枝が結び付けてある。
 何とか云ふ小さな駅(名を忘れた)で下車し、僕達は左の方へ二キロメートル程の道を歩いた。道はよく耕やされた畑の間を通つてゐた。暫くすると、ひどく大きな門の前に出た。而して大きな樹の枝は垣根越しに外にのしかかつてゐた。僕達は『苺園《フレジエール》』へ著いた。呼鈴を鳴らすとざくざくと砂の上を歩く足音と、犬の高吠えが聞えた。脣頭に微笑を浮べた、この家の主人公コッペ先生が門を開けて呉れたのだ。而して直ぐに愉快げに握手した。見ると、先生の身装《みなり》は、全く田舎の猟夫其のままの身仕度である。小さい筋目の付いた天鵞絨の胴衣を着て、氈帽を目深かに冠むつてゐ、ただ猟夫としては猟銃と獲物袋とを持つてゐないのが物足らぬ位である。
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