さば》きようについて世上の取沙汰は如何である」と尋ねたところが、その人ありのままに「威光に圧されて言葉を悉《つく》しにくいと申します」と答えた。重宗これを聴いて、われ過《あやま》てりと言ったが、その後ちの法廷はその面目を一新した。
 白洲《しらす》に臨める縁先の障子は締切られて、障子の内に所司代の席を設け、座右には茶臼《ちゃうす》が据えてある。重宗は先ず西方を拝して後ちその座に着き、茶を碾《ひ》きながら障子越に訟《うったえ》を聴くのであった。或人怪んでその故を問うた。重宗答えて、「凡《およ》そ裁判には、寸毫《すんごう》の私をも挟んではならぬ。西方を拝するのは、愛宕《あたご》の神を驚かし奉って、私心|萌《きざ》さば立所《たちどころ》に神罰を受けんことを誓うのである。また心静かなる時は手平かに、心|噪《さわ》げば手元狂う。訟を聴きつつ茶を碾くのは、粉の精粗によって心の動静を見、判断の確否を知るためである。なおまた人の容貌は一様ならず、美醜の岐《わか》るるところ愛憎起り、愛憎の在るところ偏頗《へんぱ》生ずるは、免れ難き人情である。障子を閉じて関係人の顔を見ないのは、この故に外ならぬ」と対《こ
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