隅守は被告に向い、医者の申立の通り、その方の病は平癒と見受けるぞ、即座に約定金《やくじょうきん》を差出すが宜かろうと説諭した。ところが被告は頭を白洲の砂に埋め、誠に恐入ったる義ながら、永の病気に身代《しんだい》必至と不如意《ふにょい》に相成り、如何様にも即座の支払は致し難き旨を様々に陳謝した。
大隅守は更に押返して、「その方、大切なる病の治療を頼みながら、全治の今日となって薬料支払を渋るとは不届千万、一身を売ってなりとも金子を調達せよ」と言うに、「仰せは畏って御座りますれど、何分にも悪病の事とて、雇われようにも雇い手これなく、誠に致方なき次第」と如何にも困り入った様子である。
大隅守もいささか憐れを催して、更に医者に向い、「今聞く如き次第なるぞ。その方この者の請人《うけにん》に立ちて、いず方へなりとも住み込ませ、その賃銀を謝礼に取りては如何に」と穏かに申渡したが、医者はなかなか承服しない。「このような穢らわしき病人を雇う者が、いずくに御座りましょうや。唯々|約定金《やくじょうきん》差入の御申渡を」と、強弁の言葉未だ終らぬに、大隅守はきっと威儀を正し、「さてさてその方は矛盾の譫言《た
前へ
次へ
全298ページ中60ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
穂積 陳重 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング