をもって犯人に苦痛を与えたならば、被害者を満足せしめるに足るであろう。今、国法未だ存せずして盗人が被害者の私力制裁に委《まか》せらるる場合を想像せよ。被害者がもし盗人を現場で捕え、または追掛けて取押えたならば、被害者は怒に委せて盗人を乱打し、遂にこれを殺戮《さつりく》するか、または奴隷として虐使するのが、殊に原始時代にあっては普通の人情であろう。また盗人が、例えば盗品の衣類を着用して通行する際に被害者に発見せられた場合には、同じく後日の発覚であっても、他の場合よりは被害者の憤怒が遙かに烈しいであろう。これに反して、犯人が後日になりて逮捕せられたならば、被害者の感情は普通の場合では既に大いに和らいでいることであるから、あるいは叱責の上謝罪金を出さしめる位で済むかも知れぬ。故に原始的刑法の盗罪に対する公権力制裁においては、この点を斟酌《しんしゃく》して、相当の区別を設けるのでなくては、もって私力的制裁に代わるに足りないのである。被害者の血の冷熱を量刑の尺度とするローマ十二表法の一見奇異なる規定も、むしろ法律進化の過程における当然の現象というべきである。
[#改ページ]
八九 古代の平和
前へ
次へ
全298ページ中241ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
穂積 陳重 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング