罰を加えるという決意を示したことであるから、囚人らが必ず帰還すべき理由があったのであって、その大部分が帰って来ることは、当初より予期せられたところであろう。彼らの中の或者が、その郷里に逃げ隠れようとしたが、郷人らのために告発せられたということも、「むさしあぶみ」に載せている。即ち石出帯刀のこの処置は、欧陽修のいわゆる「天下の常法となすべき」ものであって、決して「異を立ててもって高しとなす」ものではなかったのである。
現行の監獄法第二十二条にも、天災地変に際して、他に護送避難の遑《いとま》がない時は、一時囚人を解放し、二十四時間内に更《あらた》めて監獄または警察署に出頭させるという規則があって、石出流の応急処分が今日においても是認せられている。
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七九 大儒の擬律
正徳の頃、武州川越領内駒林村の百姓甚五兵衛とその忰《せがれ》四郎兵衛の両人が、甚五兵衛の娘「むす」の夫なる伊兵衛という者を、彼がその当時住居していた江戸から、宿元なる同村へ一寸帰って来た際に、これを絞殺して河中へ投じた事件があった。娘は勿論それが何人《なんぴと》の所為であるかを知らずに、これを官に訴え
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