、大いにその趣を異にしていることが分るのである。
石出帯刀の処分は、変事に方《あた》り人情に基づいて行った必要なる処置であって、釈放しても帰って来る理由があってしたのであるけれども、太宗が大辟囚を縦ったのは、常の場合において、しかも彼らが帰って来べき理由もないのに、何の必要もない奇行を敢えてしたのであって、畢竟《ひっきょう》死罪に当る極悪人に求むるに、君子もなお難しとするところをもってしたのである。故に欧陽修がその「縦囚論《しょうしゅうろん》」において、この行為を是非している如く、いわゆる英雄名を求め世を欺くの一実例を与えたに過ぎないのである。これら三百九十人の大辟囚が、ことごとく皆その期を違《たが》えずして死刑を受けるために再び帰って来たということが、もし歴史の偽でないならば、内密に赦免を約束して置いて帰り来らしめたものであると推測せられぬでもない。しかるに石出帯刀は、前にも述べたように、啻《ただ》に急変の場合に恩恵を与えたというばかりでなく、帰って来る者のためには、身に替えて赦を乞うべく、もしまた約を守らない者あるにおいては、たとい「雲の原までも」逃げ隠れるとも、必ず尋ね出して厳
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