は先生の講義が正しいかどうか考えておった。何の暇あってこれを筆記することが出来ようか。
[#ここで字下げ終わり]
 「蛇は寸にしてその気を現わす」、「考えておった」の一言は、ベンサムの曠世の碩学《せきがく》たる未来を語ったものである。他日Fragment on Governmentを著し、ブラックストーンの陳腐説を打破して英国の法理学を一新し、出藍《しゅつらん》の誉を後世に残したベンサムは、実にこの筆記せざる聴講生その人であった。
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 六九 何人にも知られざる或人


 ベンサムが「フラグメント・オン・ガヴァーンメント」の第一版を出した時、故《ことさ》らに匿名を用いて出版した。しかるに、今まで法律家の金科玉条と仰がれたブラックストーンの学説を縦横無尽に駁撃し、万世不易の真理とまで信ぜられていた自然法主義および天賦人権説に対《むか》って反対の第一矢を放ったる耳新しき実利主義と、この卓抜なる思想にふさわしい流麗雄渾なる行文とは、忽《たちまち》にして世人の視線を聚《あつ》め、未だ読まざるものはもって恥となし、一度読みたるものは嘖々《さくさく》その美を嘆賞し、洛陽の紙価これがた
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