めに貴しという盛況を呈した。そしてこの書の名声と倶《とも》に高まったものは、そもそもこの無名の論客は果して何人《なんぴと》であるかという疑問の声であった。好奇心深き世人は、恣《ほしいまま》に当代の諸名士を捉え来って、この書の著者に擬したので、バーク(Edmond Burke)、ダンニング(Dunning)、マンスフィールド卿(Lord mansfield)、カムデン卿(Lord Camden)等の諸大家は、代る代るにこの空しき光栄を担《にな》わしめられたのであった。
 かくの如き成功に接して、最も歓喜した者は、ベンサムの父であった。子に叱られた事までも吹聴して歩きたいのは親心の常であるから、当然我が愛子の頭を飾るべき桂冠が、あらぬ方へのみ落ちようとするもどかしさに、とても堪え切れず、我子との固き約束をも打忘れて、遂に自ら発行|書肆《しょし》を訪ねて、第二版には必ずジェレミー・ベンサム著と題してくれよと頼んだ。書肆はなかなか応じない。この書がかく売行の多いのは全く匿名の故である。余り高名ならざる御子息の名を載せたが最後、忽ち人気が落ち声価の減ずるは眼《ま》のあたりの事と、すげなくもこれを
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