謀殺を行うもの。殺親罪を弁護するはこれを犯すより難し。陛下もし臣の筆をこの大悪に涜《けが》さしめんと欲し給わば、須《すべか》らくまず臣に死を賜わるべし。
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と答え終って、神色自若。満廷の群臣色を喪《うしな》い汗を握る暇もなく、皇帝震怒、万雷一時に激発した。
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咄《とつ》、汝|腐儒《ふじゅ》。朕汝が望を許さん。
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暴君の一令、秋霜烈日の如し。白刃一閃、絶世の高士身首その処を異にした。
 パピニアーヌスは実にローマ法律家の巨擘《きょはく》であった。テオドシウス帝の「引用法」(レキス・キタチオニス)にも、パピニアーヌス、パウルス、ウルピアーヌス、ガーイウス、モデスチーヌスの五大法律家の学説は法律の効力ありと定め、一問題起るごとに、その多数説に依ってこれを決し、もし疑義あるか、学説同数に分れる時は、パピニアーヌスの説に従うべしと定めたのを見ても、当時の法曹中彼が占めたる卓然たる地歩を知ることが出来よう。しかしながら、吾人が彼を尊崇する所以《ゆえん》は、独り学識の上にのみ存するのではない。その毅然たる節義あって甫《はじ》めて吾
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