chaus studiert, mit heissem Bemuhn[「u」はウムラウト(¨)付き].
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はてさて、己は哲学も
法学も医学も
あらずもがなの神学も
熱心に勉強して、底の底まで研究した。
(ゲーテ作 森鴎外訳『ファウスト』岩波文庫、上、二三頁)
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とあるように、哲学・理学・医学・神学・数学・法学など、当時いやしくも一科をなしていた学問は、何一つとしてその蘊奥《うんのう》を極めないものはなく、英王ウィリアム三世は氏を渾名《あだな》して「歩行辞書」(Walking Dictionary)といい、ドイツ、イギリス、ロシヤなどの王室は、終身年金を贈っていずれもこの碩学を優遇した。
ライブニッツは年二十歳の時、ライプチヒ大学に赴いて法学博士の学位試験を受けたいという請求をしたところが、氏が未だ未成年であるとの理由をもって大学はこれを拒絶した。氏笑って言うよう、「年齢と学識と如何なる関係があるか。」去ってアルドルフ大学に一篇の学位請求論文を提出した。題して「法学教習新論」(Methodus
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