r the reason」はイタリック体]
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 学者の妻にして、この文を読み、同情の涙に咽《むせ》ばぬ者があろうか。
 回顧すれば既に十有余年の昔となったが、明治三十八年、我輩がアメリカのハーヴァード大学を訪《おとの》うた時、同大学の法科大学の大教場に、このオースチン夫人サラーの肖像を掲げてあるのを見た。これは英国オックスフォールド大学教授マークベイ(Markby)氏の寄贈したものだということであるが、我輩はこれに対して、深厚なる敬意を表するを禁《とど》めることが出来なかった。
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 六六 歴史法学比較法学の始祖ライブニッツ


 ライブニッツ(Leibnitz)は博覧強記の点において古今その比を見ない人と言ってよかろう。ギボンは彼を評して「世界併呑の鴻図《こうと》を懐き偉業未だ成らずして中道にして崩じたる古代の英主の如し」といっておる。「ファウスト」に、
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Habe nun, ach! Philosophie,
Juristerei, und Medicin,
Und, leider! auch Theologie,
Dur
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