任せて立去ることを許しているではないか。今、汝はアテネ市の政治法律を熟知しながら、なおこの地に留っているのは、即ち国法に服従を約したものではないか。かかる黙契をなしながら、一たびその国法の適用が、自己の不利益となったからといって、直ちにこれを破ろうとするのは、そもそも不正の企ではあるまいか。汝は深くこのアテネ市を愛するがために、これまでこの土地を距《はな》れたこととては、ただ一度イストモスの名高き競技を見るためにアテネ市を去ったのと、戦争のために他国へ出征したこととの外には、国境の外へは一足も踏み出したことはなく、かの跛者や盲人の如き不具者よりもなお他国へ赴いたことが少なかったのではないか。かくの如きは、これ即ちアテネ市の法律との契約に満足しておったことを、明らかに立証するものではあるまいか。且つまたこの黙契たるや、決して他より圧制せられたり、欺かれたり、または急遽の間に結んだものではないのであって、もし汝がこの国法を嫌い、あるいはこの契約を不正と思うたならば、このアテネ市を去るためには、既に七十年の長年月があったではないか。それにもかかわらず、今更国法を破ろうとするのは、これ即ち当初
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