オます。故に殿下は二重に服従の義務を負い給うものではありませぬか。本官は今陛下の名をもって殿下にこの不法なる暴行を禁じ、且つ将来殿下の臣民たるべき者に対して法律|遵奉《じゅんぽう》の模範を殿下自ら御示しあらんことを勧告いたします。殿下は既に法廷侮辱の罪を犯されたのであります。故に本官はこれに対して殿下を王座裁判所の獄に禁錮し、もって皇帝陛下の勅命を待たんとするものでございます。」
この儼然犯すべからざる法官の態度に打たれて、さすがの親王もしばらくの間は茫然として佇立《ちょりつ》しておられたが、忽ち悟るところあるが如く、手に持った剣を抛《なげう》ち、法官に一礼の後《の》ち、踵《きびす》を回《めぐ》らして自ら裁判所の拘留室へ赴かれた。
この事の顛末《てんまつ》を聴かれた皇帝は歓喜極りなく、天を仰いで神に拝謝し、「朕《ちん》はここに畏くも我上帝が、正義を行って懼《おそ》れざる法官と、恥辱を忍んで法に遵《したが》う皇儲《こうちょ》とを与えられたる至大の恩恵を感謝し奉る」と叫ばれたという事である。
右の皇帝の言葉は、近頃の書物には通常左の如く書いてある。
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“Happy is the king who has a magistrate possessed of courage to execute the laws; and still more happy in having a son who will submit to the punishment inflicted for offending them.”
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しかるに、右の親王が位を継いでヘンリー五世となり、その後ち崩御された直ぐ後にサー・トマス・エリオット(Sir Thomas Elyot)の著わしたThe Governorという書には左の如くある。
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“O merciful God, howe moche am I, above all other men, bounde to your infinite goodness, specially for that ye have gyven me a juge, who feareth not to minister justyce, and also a sonne, who can
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