pのサグデン(Sir Edward Sugden)は、素《も》と卑賤に身を起し、後《の》ち大法官に挙げられ、貴族となって、ロード・セント・レオナルド(Lord St. Leonald)と号した人である。サグデンは学生時代に「売主買主の法律」(Laws of Vendors and Purchasers)という書を著わして名声を博し、大法官となった後ちも、数多の名判例を残し、英国法律家の尊崇する大法律家の一人であるが、この人、以前弁護士であった時分には、毎年一万五千|磅《ポンド》、即ち我が十五万円の収入があったが、その後名声大いに加わり、挙げられて判事となるに及んで、その歳入はかえって約三分の一に減じたということである。
 地位と収入とが必ずしも相伴わぬことは、古今その揆《き》を一にするが、米の経済学者エリー(Richard T. Ely)の説明に曰く、「俸給の額は、勤労の価値によって決せられずして、地位職掌に必要なる費用によって決定せらるる傾向がある。裁判官の受くるところが、その弁護士時代の収入の三分の一または四分の一に過ぎないことがあるのは、この理由に基づくのである。」
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 九三 盗賊ならざる宣誓


 アングロ・サクソン王エドワード(Edward the Confesser)の法律に拠れば、人十二歳に達したるときは、十人組(Frankpledge)の面前にて、「余は盗賊にあらず、また盗賊と一味せざるべし」という宣誓をせねばならぬことであった。即ち社会の秩序は、当初はかくの如き人民の相互担保によって維持せられ、後に進んで国家によって担保せらるるに至ったものである。
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 九四 違約に対する刑事責任


 現今の法理においては、違約はその性質上民事責任を生ずべきものとしておって、各国の法律、その点において規定を一にしているが、独りかの有名なるマコーレー卿(Macaulay)の立案に係る印度刑法においては、旅客運送契約の違約者に対して、刑事責任を負わしめている。これは大いに理由のあることと思われる。
 印度において旅客運搬を業としているのは、土人の轎舁《かごか》きであるが、彼らは我国の雲助にも劣った、真に裸一貫の輩であるから、民事責任を負うて賠償するなどという事は、到底出来ない相談である。またその旅客の通行する地方には、森林沙漠などの荒寥
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