措《お》き、原始的国法に「家界」なる制度があって、それが国際法の領海制度に酷似しているのは、甚だ面白い現象である。
今日の欧洲諸国の物権法においては、不動産所有権の主たる目的物は土地であって、家屋はむしろ土地の構成分子と見る観念も存するのであるが、古代にあっては、この関係は全く反対であったようである。古代農業の未だ発達せざる時に当っては、土地の所有権は重きを置かれず、庭園などの所有地も、他人の自由通行に委せられていたが、ただ家屋のみは不可侵界であって、
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「各人の家は彼の城なり」(Every man's house is his castle.)
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という法諺《ほうげん》も存したほどである。朝鮮では、最近まで家の所有権はあって土地の所有権はなかったとのことであるが、我国の「屋敷」なる語も、土地をもって家屋の附属物とする観念に基づくものかとも思われる。要するに、国法の原始状態において、国際法の領土に比すべきものは、土地ではなくして家屋であったのである。
しかしながら、家屋の不可侵を保全するには、その周囲一帯の地域の安寧が必要である。即ち家の周囲の土地については、家の所有主は各特別の利害関係を有する。古代において、家の周囲一定の距離を限界して、これをその家の「家界」(Precinct)とする習俗が存したのはそのためであって、イギリス古法のツーン(Tun[#「u」の上に「^」がつく])、アイルランド古法(ブレホン法)のマイギン(Maighin)などがこれである。そして、この家界内の安寧は、特別に保護せられるのであって、例えば英国のエセルレッド王(King Aethelred)の法は、国王のツーン内において人を殺す者は五十シルリングの賠償金、伯爵《アール》のツーン内において人を殺す者は十二シルリングの賠償金を払うべし云々とある。即ちこの家界なるものは、国際法の領海と酷似しているではないか。
そして、ここに最も面白いのは、この家界の測定法、則ち家の周囲|幾何《いくばく》の距離までを家界とするかの定め方である。アイルランドのブレホンは、投槍距離(Lance−shot)をもって家界測定の基準とした。即ち尖頭より石突に至るまでの長さ十二フィスト(即ち我国でいわば十二束)の槍を、家の戸口より投げ、その到達点を基準として劃した圏内をも
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