て、病死として其吟味を済す事なども、世には有とか承る、いとも/\有まじき事なり。また盗賊火付などを吟味する時、覚えなき者も拷問せられて、苦痛の甚しきに得堪へずして、偽りて我なりと白状する事あるを、白状だにすれば真偽をばさのみたゞさず、其者を犯人として刑に行ふ様の類もあるとか、是又甚有るまじき事なり。刑法の定りは宜しくても、其法を守るとして、却て軽々しく人をころす事あり、よく/\慎むべし。たとひ少々法にはづるゝ事ありとも、兎も角情実をよく勘《かんが》へて軽むる方は難なかるべし。扨又、異国にては、怒にまかせてはみだりに死刑に行ひ、貴人といへども、会釈もなく厳刑に行ふ習俗《ならひ》なるに、本朝にては、重き人はそれだけに刑をもゆるく当らるゝは、是れ又有がたき御事なり。
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 八五 奇異なる死刑


 古代の刑法が酷刑に富むことはいうまでもないが、ローマの古法も、けだしその例に漏れぬものであろう。かのユスチニアーヌス帝の「法学提要」(Institutiones)に拠れば、「レックス・ポムペイア・デ・パリシディース」(Lex Pompeia de Parricidiis)なる法律があって、殺親罪に当つるに他の類なき奇異なる刑罰をもってしている。この殺親罪(Parricidium)なる罪名の下には、親以外の近親に対する殺人罪をも包含しておったようであるが、これらの犯人は、実に天人|倶《とも》に容れざる大罪人であって、「法学提要」の語を仮りていわば、「刑するに剣をもってせず、火をもってせず、その他通常の刑に処することなく、一犬、一鶏、一蛇、一猿と共に皮袋の中に縫い込み、この恐るべき牢獄のまま、土地の状況により海中または河中に投じ、その生存中より既に一切の生活原素の供与を絶ち、生前においては空気を奪われ、死後においては土を拒まるべし」と。ユスチニアーヌス帝のディゲスタ法典に拠れば、もし近辺に河海なきときは、猛獣に委《わた》してその身体を裂かしむとある。
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 八六 一銭切


 我戦国時代に、一銭切《いっせんぎり》という刑があった。「信長記《しんちょうき》」に、
[#ここから2字下げ、「一銭」の「一」をのぞいて「一二」は返り点]
信長卿ハ清水寺ニ|在々《ましまし》ケルガ、於二洛中洛外一上下ミダリガハシキ輩アラバ一銭切リト御定有ツテ
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