に降参《こうさん》したるは是非《ぜひ》なき次第《しだい》なれども、脱走《だっそう》の諸士は最初より氏を首領《しゅりょう》としてこれを恃《たの》み、氏の為《た》めに苦戦し氏の為《た》めに戦死したるに、首領にして降参《こうさん》とあれば、たとい同意の者あるも、不同意の者は恰《あたか》も見捨てられたる姿にして、その落胆《らくたん》失望《しつぼう》はいうまでもなく、ましてすでに戦死したる者においてをや。死者|若《も》し霊あらば必ず地下に大不平を鳴らすことならん。伝え聞く、箱館《はこだて》の五稜郭《ごりょうかく》開城《かいじょう》のとき、総督《そうとく》榎本氏より部下に内意を伝えて共に降参せんことを勧告《かんこく》せしに、一部分の人はこれを聞《きい》て大《おおい》に怒り、元来今回の挙《きょ》は戦勝を期したるにあらず、ただ武門の習《ならい》として一死|以《もっ》て二百五十年の恩に報《むくい》るのみ、総督もし生を欲せば出でて降参せよ、我等《われら》は我等の武士道に斃《たお》れんのみとて憤戦《ふんせん》止《とど》まらず、その中には父子|諸共《もろとも》に切死《きりじに》したる人もありしという。
 烏江
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