流行に誘われて世を誤るべきのみ。もとより農民の婦女子、貧家の女子中、稀に有為《ゆうい》の俊才を生じ、偶然にも大に社会を益したることなきにあらざれども、こは千百人中の一にして、はなはだ稀有《けう》のことなれば、この稀有の僥倖《ぎょうこう》を目的として他の千百人の後世を誤る、狂気の沙汰に非ずして何ぞや。
 また、いたずらに文字を教うるをもって教育の本旨となす者あり。今の学校の仕組は、多くは文字を教うるをもって目的となすものの如し。もとより智能を発育するには、少しは文字の心得もなからざるべからずといえども、今の実際は、ただ文字の一方に偏し、いやしくもよく書を読み字を書く者あれば、これを最上として、試験の点数はもちろん、世の毀誉《きよ》もまた、これにしたがい、よく難字を解しよく字を書くものを視て、神童なり学者なりとして称賛するがゆえに、教師たる者も、たとえ心中ひそかにこの趣を視て無益なることを悟るといえども、特立特行《とくりつとっこう》、世の毀誉をかえりみざることは容易にでき難きことにて、その生徒の魂気《こんき》の続くかぎりをつくさしめ、あえて他の能力の発育をかえりみるにいとまなく、これがため
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