なはだ広くして解し難く、ために大なる誤解を生ずることあり。そもそも人生の事柄の繁多にして天地万物の多き、実に驚くべきことにて、その数幾千万なるべきや、これを知るべからず。ただその物名のみにても、ことごとくこれを知る者は世にあるべからず。然るをいわんや、その者の性質をや。ことごとくこれを教えんとするも、とても人力にかなわざる所なり。人間衛生の事なり、活計の事なり、社会の交際、一人の行状、小は食物の調理法より大は外国の交際に至るまで千差万別、無限の事物を僅々《きんきん》数年間の課業をもって教うべきに非ず、学ぶべきに非ず。たとえ、その一部分にてもこれを教えて完全ならしめんとするときは、かえってその人の天資を傷い、活溌|敢為《かんい》の気象を退縮せしめて、結局世に一愚人を増すのみ。今日の実際においてその例少なからず。されば到底この繁多なる事物を教えんとするもでき難きことなれば、果して世に学校なるものは不用なるやというに決して然らず。
 もとより直接に事物を教えんとするもでき難きことなれども、その事にあたり物に接して狼狽《ろうばい》せず、よく事物の理を究めてこれに処するの能力を発育することは、ず
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