関係にして絶対の義にあらず。高きものあればこそ低きものもあり、強大あればこそ小弱もあり。故に今、婦人の地位を低しというも、男子の地位を引下げて併行《へいこう》するに至らしむれば、男女の権力平等なりというべし。あるいは婦人は今のままにして、男子の地位をして一層の下に就《つ》かしむれば、女権特に高しというべし。これ即ち我輩が独り男子を目的にして論鋒を差向けたる所以《ゆえん》なり。
然るにここに支那学の古流に従って、女子のために特に定めたる教義あり。その義は諸書に記して多き中について、我が国普通の書を『女大学』と称し、女教の大要を陳《の》べたるものなるが、書中往々不都合にして解すべからざるものなきにあらず。例えば女子の天性を男子よりも劣るものと認《したた》め、女は陰性《いんしょう》なり、陰は暗しなど、漠然たる精神論を根本にして説を立つるが如きは、妄漫無稽《ぼうまんむけい》と称すべきなれども、その他は大抵|皆《みな》女子を戒めたる言の濃厚なるものに過ぎず。我輩がかつて戯れに古人の教えを評し、町家の売物に懸直《かけね》あるが如しといいしもこの辺の意味にして、『女大学』の濃厚|苛刻《かこく》なる
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