ものたるを知らざりしこそ幸いなれ、もしも内実の事情を聞くこともありしならんには、饗応の満足に引替えて、失敬無状を憤りしことなるべし。これとてもさきの紳士連中は無礼と知りて行うたるにあらず、その平生において、男女品行上のことをば至って手軽に心得、ただ芸妓の容姿を悦《よろこ》び、美なること花の如しなどとて、徳義上の死物たる醜行不倫の女子も、潔清上品なる良家の令嬢も大同小異の観をなして、さては右の如き大間違いに陥りたるものならんのみ。我輩は直ちにその人を咎《とが》めずして、我が習俗の不取締にして人心の穎敏《えいびん》ならざるを歎息する者なり。これを要するに、今の紳士も学者も不学者も、全体の言行の高尚なるにかかわらず、品行の一点においては、不釣合に下等なる者多くして、俗言これを評すれば、御座《ござ》に出されぬ下郎《げろう》と称して可なるが如し。花柳《かりゅう》の間に奔々《ほんぽん》して青楼《せいろう》の酒に酔い、別荘|妾宅《しょうたく》の会宴に出入《でいり》の芸妓を召すが如きは通常の人事にして、甚だしきは大切なる用談も、酒を飲み妓《ぎ》に戯るるの傍《かたわ》らにあらざれば、談者相互の歓心を結ぶ
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